各ばね指手術の比較 (主に医療機関向け)

・ 「切開するばね指手術」の皮切は2cmと大きく、機能回復にも時間を要すことが課題でした。
・ 特殊な時代背景の中で1958年7月にフランスの医師Lorthioir が「小切開ばね指手術」を発表しました。彼のパイオニア的な論文はその後の20年間注目されず、本邦で脚光を浴びるようになったのは1980年代です。



本ページの内容は、
1)形状の異なる切開刀によるばね指手術の特徴
2)切開刀の歴史
3)付録
 【参考1】切開するばね指手術(全国共通の標準手術)
 【参考2】内視鏡ばね指手術
 【参考3】低侵襲手術の条件
 【参考4】文献「小切開ばね指手術」
を載せました。

1)形状の異なる切開刀による手術の特徴

切開刀の形状により、手術方法や皮膚切開の大きさなどが違ってきます。先ず、それぞれの切開刀ごとに手術の特徴を述べます。

切開刀の世代と名称 皮切の長さ 切開所要時間  翌日の洗顔 機能回復
第1世代 Lorthioirの切開刀 ? ? ? 3~4週間
第2世代 注射針1)
切らないばね指手術2)
トロカール(皮膚切開刀)3)
2mm 55~163秒 ?
第3世代 バイオメット切開刀4)
安永式切開刀5)
5~10mm 12~54秒 ?
第4世代 ガイド・ナイフ6) 2mm 3秒、1回操作 OK 5~7日で完治
普通のメス 2cm ? × 2週後に抜糸
内視鏡 5cmトンネル ? ? 資料なし

・ 注射針1) は切開刀としては第2世代で、その手術は近年切らないばね指手術と呼ばれます。
・ 切らないばね指手術2) の名称は皮膚縫合を要するほど大きくは切らない、の意味です。
トロカール(皮膚切開刀)3) エラスター点滴セット付属の皮膚切開刀には固有の商品名が無いので、類似形から仮にトロカールと呼びます。
・ 安永式切開刀5)はトロカール(皮膚切開刀)の先端に突起をつけた切開刀の、さらに改良型です。
ガイド・ナイフ6) は所要時間が3秒と抜きん出て短く、機能回復が早いのが特徴です。




2)切開刀の歴史

ばね指手術が進歩したのは切開刀の改良によると考えて差し支えありません。
「小切開ばね指手術」の進歩は切開刀の歴史といえますので、第1~第4の世代別に説明します。

第1世代 - Lorthioir の切開刀 -


フランスの医師 Lorthioir の論文の表題: 「ばね指の経皮的な手術方法」
1958年7月に発表された論文で専用の切開刀 fine tenotome と名付けた切腱刀を使い、小さな創口に差し込んで52名のばね指手術を行いました。この手術では「腱の表面は傷付く」とも認めています。
ばね指手術における斬新な論文であり、その後の「小切開ばね指手術」の原点となりました。



第2世代 - 注射針 -


・ 注射針は出来合いの医療器具で誰でも入手できるので、本邦よりも早く1992年には外国論文も発表されました。ただし成書には「母指・示指などの神経損傷に特に注意すべき」こと、また事前に「この方法が失敗した場合には傷を広げて2回目の手術が必要になる」旨の事前説明に言及しています。
・ 近年はエコーを併用して行われますが、注射針の先端が腱に触れているので腱損傷は避けられず、また手術が出来るのは柔らかな腱鞘に限られることについても以下で説明します。
 
・Noah D. Weiss, MD のYouTubeより

英語圏で小切開ばね指手術といえば「注射針の手術」だけを指します。本邦でも注射針で散発的に行われましたが、1999年の大饗医師の論文で注射針手術では不良成績が多発すると発表して以来、限られた医療機関で散発的に行われるにすぎません。また本邦では、注射針の代わりにトロカール(皮膚切開刀)の発表が主体です。 【参考4】文献「小切開ばね指手術」に本邦および英語圏の文献をまとめてあります。
説明および映像を含めて注射針ばね指手術で詳述します。

【注射針の材料工学】
注射針は市販品で入手が容易なため、腱鞘切開刀の「代用品」として使われた歴史があります。
注射針は皮膚を刺す用途に特化して設計されており、組織を横に切る能力はほとんどありません。
注射針が硬い腱鞘の切開には不向きである理由は下記の2つです。

1)注射針の素材はトタンのように柔らくて簡単に曲がり切開刀の機能はありません。
 一方、ステンレス切開刀(替刃)は非常に硬くて、曲げようとすると折れるのです。
 つまり注射針は初めから「注射針」の用途しかないのです。


2)注射針の刃の角度が切開刀ほど鋭角ではない
 

 注射針ベベルのXは刃のエッジが鋭くカットされていて、Yは鈍っています。
上右 斜めから見た写真で、各部位におけるエッジの角度を扇形で模式的に表します。
 トロカールのエッジA面B面の角度が鈍角(赤丸)で、注射針Dとそっくりです。

一般的に、良く切れる切開刀の角度は12°以下ですが、注射針は最も鋭いAでさえその条件を満たしておらず、硬い腱鞘は切れないのです。

トロカール(皮膚切開刀)は組織の切れ味が鈍いながらも素材が硬いので、本邦では注射針の代用として使われましたこともあります。下の「小切開ばね指手術」の各文献の末尾に(皮膚切開刀)と注釈を加えてあります。




[途中休憩 Intermission]

切開刀が第2世代から第3世代へ進化して、手術に劇的な変化がもたらされました。それまでの注射針では腱の傷は避けられませんでしたが、第3世代の切開刀は先端には突起が伸びていて、これが腱鞘を切り開く際に腱の表面をなでるように進むので腱は傷つきません。
その代表格がバイオメット切開刀(Biomet Trigger Finger Knife) で、商品パンフレット(PDF)に形状と使用方法が詳しく記載されています。その切開刀の特許技術は当初、「手根管切開刀 (PDF)」としてUS Patent 登録されたものです。

下は「手根管切開刀」で、長・短2つの突起が特徴です。

実はそれとよく似た形状の医療器具としてドイツTENKO社製の半月板切開刀などがあり、1996年よりもずっと以前に製品化されて膝関節の内視鏡手術で使われていました。

ドイツTENKO社の半月板切開刀 Smillie Meniscotome 、第3世代切開刀の原型です。 本邦における安永式切開刀も第3世代で針先の突起が1つだけですが、腱が傷つくことはありません。
   




第3世代 - バイオメット切開刀 -

Biomet Trigger Finger Knife
・ 注射針を切開ととして使った場合に屈筋腱を損傷する欠点があったので、それを予防するために開発され、また術後の皮膚瘢痕やばね指の再発も防ぐことが出来ます。(パンフレットPDFより)
・ この器具は刃の両側に突起が付いて腱を傷つけることがありません。これが注射針と決定的な違いです。本邦で開発された安永式切腱刀はその亜型です。
 

 実際の手術映像

どちらも「バイオメット切開刀」と同型の切開刀を使用し、腱の表面は傷つきません。
ただし手術時間はかなり長くなります。(2mm切開ばね指手術との比較ですが...。)
第3世代の切開刀手術
ビデオ【1】

腱鞘切開の所要時間:54秒
投稿者:デイビッド・ブラム医師
フロリダ州の整形外科センター所属
使用する切開刀はバイオメット切開刀と類似しています。
https://www.youtube.com/watch?v=QbdN9wv2doU 
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第3世代の切開刀手術
ビデオ【2】

腱鞘切開の所要時間:12秒
投稿者:ハワイ州のダニエル・シンガー医師
使用する切開刀はバイオメット切開刀と類似しています。
https://www.youtube.com/watch?v=gDbdpxk1L5A 
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第4世代  - ガイド・ナイフ-

          (発売元 津田医療器

第4世代のガイド・ナイフは、これまで誰もが考えつかなかった「皮膚の移動性」に着目して考案されました。皮膚はゴムのように伸びることはありませんが移動性があります。
「皮膚の移動性」を活用しようとすれば、切開刀の形状はガイド・ナイフ以外はあり得ません。また筆者がガイド・ナイフの構想に至ったのは、「皮膚の移動性」に気づいたからに他なりません。

   
皮膚の移動性は、自分自身の手のひらで確認すると面白いです。 ガイド・ナイフの刃は皮膚の外まで出ていますが、皮膚が移動するので傷口は広がりません。 
・ それまでのばね指手術の欠点を根本的に克服するために満を持して開発されたのがこの切開刀です。
・ 当ホームページの筆者は、実際には1989年にこの術式を開発して啓蒙活動をしていますが、わずかな医療機関で行われているに過ぎません。手術の特徴は、皮膚切開が2mm、実質的な腱鞘切開の時間はわずか3秒、エコーで腱の動き確認を含む全ての手術時間を合わせてもわずか3分です。手術翌日から水道水で手洗いが出来るだけでなく、機能回復も極めて早い(5日~7日)です。
・ 右図は中指の手術で、「皮膚の移動性」を引き出すために指を曲げた状態で腱鞘切開をしています。
 
Photo from a video of Yumoto Orthopaedic Clinic
 

安全性で確実な「小切開ばね指手術」の登場

第4世代の切開刀として登場したガイド・ナイフによる2mm切開ばね指手術最も安全で確実です。
ガイド・ナイフは傷口が小さいのみならず、腱を傷つける心配が皆無でまた皮下組織の挫滅もほぼゼロに等しいことなどが評価されて当院での手術件数も増えています。
また内科疾患でも服薬を休薬せずに手術実施できます。止血帯で血流を止める時間はわずか3分ですが、透析患者さんの場合は上腕駆血なしでも手術できます。
おしなべて手が器用な国民性ですので、ガイド・ナイフの取り扱いに習熟した医師が増えるにつれて、実施医療機関が増えると期待しています。






3) 付 録

【参考1】切開するばね指手術(全国共通の標準手術)
     皮膚切開は通常2cm以上
この方法は本邦のみならず、世界共通のばね指手術です。権威ある整形外科の教科書であるキャンベル整形外科手術書 Campbell's Operative Orthopaedics (第11版、PP4300-4304)の記載に「1.5~2cm 切開する手術は皮膚縫合創が閉じるのに2週間を要し、また機能回復にははるかに長い期間を要する...。」との記載があります。  
開放性ばね指手術とも呼ばれ、A1腱鞘を目で確かめながら切開するので大きな皮膚切開が必要です。本邦でも最も代表的な手術方法であり、単にばね指手術と言えばこの方法をさしますが、患者さんが望むのは安全で・確実に行える「小切開ばね指手術」と考えて差し支えありません。
 
【参考2】内視鏡ばね指手術

  内視鏡と専用切開刀(メス)を使います。
内視鏡による手術をETFR Endoscopic trigger finger release と呼びます。

それぞれ2カ所の皮膚切開は「開くばね指手術」と比べると小さいですが、皮下組織をかなり傷つける方法です。

手術で使う専用切開刀(メス)は使い捨てです。手術費用は自費診療となりますので、かなりの高額とななります。


【参考3】低侵襲手術の条件

○ 上で述べてきた「小切開ばね指手術」は、主に皮膚切開の大小を念頭においた名称です。

○ ばね指手術における「低侵襲」の条件は 1)皮膚の切開が小さいこと に加えて 2)皮下の組織を傷つけなこと 3)腱そのものを傷つけないこと の全てが満たされる必要があります。それらを満たしながら、腱鞘だけを完全に開放できれば「低侵襲手術」と呼ぶことができます。

○ 一般に皮下組織は重要な臓器とは認識されていませんが実際には活発な機能を持った臓器であり、単なる脂肪組織の貯蔵庫ではありません。皮膚が傷つくと皮下組織が直ちに活性化して癒着により損傷部位を修復しようとします。このような潜在能力を持つ皮下組織は正しく臓器そのものです。

○ 腱が傷つくと、周囲の皮下脂肪は腱を巻き込んで癒着します。つまり皮下組織と腱の癒着を最小限にするには皮膚・皮下組織の損傷が少ないに越したことはありません。そして皮下組織と腱の癒着が、術後の機能回復に大きな影響を及ぼします。

○ 上段で切開刀の進化を述べてきましたが「小切開ばね指手術」の条件を満たしながら「低侵襲」である手術が第4世代の切開刀=ガイド・ナイフ により漸く実現されました。


【参考4】文献「小切開ばね指手術」

【注】文献中の「経皮的腱鞘切開術」と「小切開ばね指手術」は同じ意味です。

日本語文献
  • 阿部宗昭 弾発指に対する皮下腱鞘切開術. 手術 39:729-733,1985. (皮膚切開刀)
  • 阿部宗昭 小児弾撥指に対する皮下腱鞘切開術. 整形外科 32:1720-1723,1981. (皮膚切開刀)
  • 安永博 弾発指に対する皮下腱鞘切開術. 中部整災 26:781-783,1983. (皮膚切開刀)
  • 安永博 弾発指に対する経皮的腱鞘切開刀の考案. 別冊整形外科 11:100-103,1987. (皮膚切開刀)
  • 安永博 ばね指に対する経皮的腱鞘切開術. 別冊整形外科21:266-269,1992. (安永式切開刀)
  • 高橋正憲 自家考案皮下切腱刀によるばね指の治療経験. 整形外科 33:1765-1767,1982.
  • 高橋正憲 自家考案皮下腱鞘切開刀によるばね指の治療. 別冊整形外科 11:96-99,1987.
  • 田中寿一 経皮的腱鞘切開術による弾発指治療例の検討. 中部整災 29:888-890,1986. (皮膚切開刀)
  • 田中寿一 当教室における弾発指治療例の検討. 日手会誌 3:442-425,1986. (皮膚切開刀)
  • 柴田憲慶 成人の母指ばね指に対する皮下腱鞘切開. 別冊整形外科 21:262-265,1992.
  • 茂松茂人 ばね指に対する経皮腱鞘切開術. 別冊整形外科 28:168-170,1995.  (皮膚切開刀)
  • 湯本義治 経皮的腱鞘切開術・新しいコンセプトにより開発した腱鞘切開刀による. 新OS Now 10:115-120,2001. (ガイド・ナイフ)
  • 橋詰博行 弾発指に対する皮下腱鞘切開 ―私はこうしている― J.MIOS N.34:37-41, 2005 (注射針)
  • 湯本義治 ガイド付き腱鞘切開刀によるばね指手術. J.MIOS N.34: 34:2-9,2005. (ガイド・ナイフ)
  • 大饗ら 弾発指に対する経皮的腱鞘切開の問題. 日手会誌 16:15-16,1999 (Link PDF )

大饗ら 弾発指に対する経皮的腱鞘切開の問題. 日手会誌 16:15-16,1999
注射針の手術論文:要約 エラスター針付属の皮切刀(注射針と同機能)により20指に経皮的ばね指手術を行ってから、直ちに標準ばね指手術に切り替えて手術を遂行し、皮切針の実用性について自己評価した論文です。手術した60%に腱損傷があり、また50%で腱鞘切開が不十分でした。従って注射針のばね指手術は推奨されない。

英語文献
  • Wilhelm B.J. Trigger Finger Release with Hand Surface Landmark Ratios: An Anatomic and Clinical Study. Plast Reconstr Surg. 108:908-915,2001.
  • Tanaka J. Subcutaneous release of trigger thumb and fingers in 210 fingers. J Hand Surg. 15B:463-465,1990. (皮膚切開刀)
  • Eastwood D.M. Percutaneous release of the trigger finger: An office procedure. J Hand Surg. 17:114-117,1992. (注射針)
  • Lyu S.R. Closed division of the flexor tendon sheath for trigger finger. J Bone Joint Surg, 74B: 418-420,1992.
  • Bain G.I. Percutaneous A1 Pulley Release: A Cadaveric Study. J Hand Surg. 20:781-784,1995. (注射針)
  • Bain G.I. Percutaneous A1 Pulley Release a Clinical Study. J Hand Surg. 4:45-50,1999. (注射針)
  • Blumberg N. Percutaneous Release of Trigger Digits. 26:256-257,2001. (注射針)
  • Dunn M.J. Percutaneous Trigger Finger Release: A Comparison of a New Push Knife and a 19-Gauge Needle in a Cadaveric Model. J Hand Surg. 24,1999. .(注射針)
  • Ha K.I. Percutaneous release of trigger digits: a technique and results using a specially designed knife. J Bone Joint Surg. 83-B:75-77,2000.
  • Jongjirasiri Y. The results of percutaneous release of trigger digits by using full handle knife 15 degrees: an anatomical hand surface landmark and clinical study. J Med Assoc Thai. 90:1348-1355,2007.
  • Smith J. Sonographically guided percutaneous first annular pulley release: cadaveric safety study of needle and knife techniques. J Ultrasound Med. 29:1531-1542,2010.
  • Rojo-Manaute J.M. Percutaneous intrasheath ultrasonographically guided first annular pulley release: anatomic study of a new technique. J Ultrasound Med. 29:1517-1529,2010.



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